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着物のこと。
2006 / 08 / 25 ( Fri )
榮堂が思う、着物を着るということ。

榮堂の店主・彩詠の母は、お嫁入り道具で季節の着物、行事の着物は一式持っている人でした。
でも、着ることはほとんどありません。
なぜなら、自分で着れないから。
反対に、母の母、彩詠にとっての祖母は、体を患うまではずーっと着物生活の人でした。
とっても緩く、でも芯の通った着物姿は、何気ない日常の風景のひとつで、祖母の着物姿を見るのはとても好きでした。
着るモノ、全部自分で仕立てる人でしたので、母の持っている着物はほとんどが祖母が仕立てた物。
そしてそれらの母の着物はみんな、私がお嫁に行くときそのまま嫁入り道具となって一緒にやってきました。

いつかは自分で着てみたいなぁと思いつつも、習う機会も着る機会もあまりなく、いつの間にかお茶会の時に美容院で着せてもらうのが当たり前になっていました。
地元である岐阜は、それこそ保守的な田舎な環境。
お正月でもなんでもないのに、普段着の着物を私ぐらいの年代が着ているという風景はほとんどないところ。
着ていると、余計に目立って居心地悪い状態でした。
いわゆる近所の目、ってのが恐かったんですね~。
今でこそ、着物ブームなんて感じであまり特別視もされなくなってきているような気がしますが、結局コレって、自分が自信を持って着物を着ているか、着れてるか、が問題だったような気がします。

そう、自信持って着物を着られること。
自信って何から生まれるか。
着慣れること、とにかく着てみることはたしかに重要ですが、基本的な知識もやっぱり必要だと思います。
特に有る程度の年になると、知っていて崩してるのと、知らずにやっているのでは、大変な違いがあることに私も多々直面しましたので実感してます。

そして今の時代、昔から普通に着ていたモノのはずなのに、今では知識も技術も受け継がれることが途切れちゃってます。
ただ単なる身に纏うもののはずなのに、技術と知識が必要となるのが着物を着るということ。

でも、何よりも大切なのは、着物が好きだから着る ということだと思います。


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